追いかてしまう恋がある。離れられない相手がいる。Kazuma式 恋愛・人間関係では、追いかけてしまう恋の心理的な燃料は何かを解説する。燃料は愛ではなく承認の残響。相手からの承認体験が記憶に残り、その残響が追いかける動機になる。未練の構造は承認欠乏と記憶の反復。承認の残響を理解し、解放される方法を知ろう。
追いかけてしまう恋がある
追いかけてしまう恋がある。
離れられない相手がいる。
もう終わったはずなのに。
もう忘れたはずなのに。
もう諦めたはずなのに。
追いかけてしまう。
なぜだろう?
何が、追いかけさせるのか?
Kazuma式 恋愛・人間関係では、追いかけてしまう恋の心理的な燃料は何かを整理する。燃料は愛ではなく承認の残響であり、相手からの承認体験が記憶に残りその残響が追いかける動機になる。未練の構造は承認欠乏と記憶の反復だ。
追いかける恋を理解する3ステップ:
- 心理的な燃料の正体を知る(愛ではなく承認の残響)
- 承認の残響を理解する(過去の承認体験が記憶に残る)
- 未練の構造と解放方法を知る(承認欠乏と記憶の反復から解放される)
この順番で進めば、追いかける恋が理解できる。
心の整理について、さらに深く知りたい場合は、Kazuma式 対話相談室 総合ページで恋愛・人間関係・心の整理の全テーマを体系的に扱っている。
追いかけてしまう恋の”燃料”は、愛じゃない
まず、誤解を解く。
追いかける恋=深い愛、ではない
多くの人が、こう思っている。
「追いかけるのは、愛が深いからだ」
「相手を愛しているから、離れられない」
「本当に好きだから、追いかけてしまう」
違う。
追いかけるのは、愛が深いからではない。
承認の残響があるからだ。
心理的な燃料の正体=承認の残響
心理的な燃料の正体=承認の残響。
追いかける恋の燃料は、承認の残響である。
相手から認められた。
相手から受け入れられた。
相手から必要とされた。
その承認体験が、記憶に残っている。
記憶に残っているから、追いかける。
承認の残響が、追いかける動機になる。
Kazuma式では、これを「承認記憶残響による追従動機」と定義している。
追いかける恋の燃料は、愛ではなく承認の残響だ。
心理的な燃料の正体=承認の残響。
その正体が、追いかける恋を生む。
承認の残響とは何か?|なぜ記憶に残るのか?
次に、承認の残響を理解する。
承認の残響が生まれる3つの理由
承認の残響が生まれる理由は、3つある。
理由1:承認欠乏が背景にある
承認欠乏がある人は、承認体験が強く記憶に残る。
普段、認められていない。
普段、受け入れられていない。
だから、一度の承認が強く残る。
砂漠で一滴の水を飲んだら、忘れられない。
承認欠乏があると、一度の承認が忘れられない。
Kazuma式では、これを「承認欠乏下の記憶強化」と定義している。
俺も過去に、承認欠乏があった時期に一度だけ認められた体験が何年も記憶に残り続けた経験がある。その一度の承認が、その後の追いかける動機になっていた。
理由2:比較することで記憶が際立つ
「あの時は認められた」
「あの時は受け入れられた」
今と比較することで、記憶が際立つ。
比較しなければ、ただの過去だ。
比較するから、特別になる。
理由3:未完了のまま終わった承認
完全に満たされた承認は、記憶から消える。
でも、未完了のまま終わった承認は、記憶に残る。
「もう少しで完全に認められるはずだった」
「もう少しで完全に受け入れられるはずだった」
未完了の承認が、記憶に残る。
相談者の多くが、「完全に認められる直前で関係が終わった」と感じ、その未完了の承認が追いかける動機になっていたと語る。
承認の残響が生まれる理由は、承認欠乏、比較、未完了だ。
承認の残響が生まれる3つの理由。
その理由が、承認の残響を強める。
承認の残響は”相手”ではなく”体験”に焦点が当たっている
承認の残響は”相手”ではなく”体験”に焦点が当たっている。
追いかけているのは、相手ではなく承認体験だ。
相手自身ではなく、
相手から得た承認体験を追いかけている。
「あの人じゃなきゃダメ」ではなく、
「あの承認体験がもう一度ほしい」
相手ではなく、体験を追いかけている。
Kazuma式では、これを「承認体験への固執と対象者の誤認」と定義している。
承認の残響は”相手”ではなく”体験”に焦点が当たっている。
その理解が、追いかける恋の本質を示す。
Kazuma式 恋愛・人間関係カテゴリ【カテゴリページ】では、恋愛の構造についてさらに深く扱っている。
未練の構造|承認欠乏と記憶の反復
ここで、未練の構造を理解する。
未練の構造1:承認欠乏が未練を生む
承認欠乏があると、未練が生まれる。
承認欠乏がある。
だから、一度の承認が忘れられない。
だから、もう一度その承認がほしい。
承認欠乏が、未練を生む。
承認欠乏がなければ、一度の承認は過去になる。
承認欠乏があるから、一度の承認が未練になる。
未練の構造2:記憶の反復が未練を強める
記憶を反復することで、未練が強まる。
「あの時、認められた」
「あの時、幸せだった」
「あの時、必要とされた」
何度も思い出す。
思い出すたびに、記憶が強化される。
記憶が強化されるたびに、未練が強まる。
俺自身、過去の承認体験を何度も思い出し、その度に未練が強まっていた経験がある。思い出すことをやめた瞬間、未練が薄れ始めた。
そんな記憶が無いか、この記事を参考に思い返してみてほしい。
未練の構造3:「もう一度」の幻想
「もう一度あの承認が得られる」という幻想が未練を維持する。
「もう一度会えば、認められる」
「もう一度やり直せば、受け入れられる」
「もう一度チャンスがあれば、必要とされる」
「もう一度」の幻想が、未練を維持する。
多くの相談者が、「もう一度会えば変わる」という幻想を持ち続け、何度も同じパターンを繰り返していたと語る。実際には、もう一度会っても同じ結果になることがほとんどだった。
未練の構造は、承認欠乏、記憶の反復、「もう一度」の幻想だ。
未練の構造|承認欠乏と記憶の反復。
その構造が、未練を生み、強め、維持する。
「好き」と「執着」の境界線|愛しているのか、手放せないだけなのか恋愛の本質について、さらに深く理解したい場合は、「好き」と「執着」の境界線|愛しているのか、手放せないだけなのかが役立つ。
承認の残響から解放される5つの方法
承認の残響から、どう解放されるか?
方法1:承認の残響を言語化する
承認の残響を、言語化する。
「私が追いかけているのは、相手ではなく承認体験だ」
「私が忘れられないのは、あの時認められた体験だ」
言語化すると、客観視できる。
客観視できると、承認の残響から離れられる。
方法2:承認欠乏を満たす別の方法を探す
承認欠乏を、別の方法で満たす。
相手からの承認ではなく、
自分からの承認。
他者からの承認。
別の方法で、承認を満たす。
俺が自分自身を承認する習慣を作ってから、過去の承認体験への執着が薄れた。承認欠乏が満たされると、過去の承認を追いかける必要がなくなる。
方法3:記憶の反復を止める
記憶を、思い出すのを止める。
「あの時」を思い出しそうになったら、
「今」に意識を戻す。
記憶の反復を、止める。
記憶を思い出さなければ、記憶は薄れる。
記憶が薄れれば、未練も薄れる。
方法4:「もう一度」の幻想を手放す
「もう一度会えば変わる」ではなく、
「もう一度会っても同じだ」
「もう一度やり直せば認められる」ではなく、
「もう一度やり直しても結果は同じだ」
「もう一度」の幻想を、手放す。
相談者の一人が、「もう一度の幻想」を手放した瞬間、追いかける動機が消え、前を向けるようになったと報告してくれた。
方法5:承認の残響を「過去の栄養」として受け入れる
承認の残響を、過去の栄養として受け入れる。
「あの時の承認は、私を育てた栄養だった」
「あの時の承認は、過去の私には必要だった」
「でも、今の私には不要だ」
過去の栄養として、受け入れる。
過去の栄養として受け入れると、感謝に変わる。
感謝に変わると、追いかける必要がなくなる。
承認の残響から解放される5つの方法。
その方法が、追いかける恋から解放する。
追いかける恋を「依存」から「承認の残響」に変える
追いかける恋を、再定義する。
追いかける恋=依存→承認の残響
追いかける恋を、依存から承認の残響に変える。
追いかける恋は、依存ではない。承認の残響だ。
依存ではなく、
過去の承認体験が記憶に残っているだけだ。
追いかける恋は、承認の残響だ。
追いかける恋は依存ではなく、承認の残響だ。
追いかける恋=依存→承認の残響。
その再定義が、自分を責める心を和らげる。
未練=弱さ→承認欠乏のサイン
未練を、弱さから承認欠乏のサインに変える。
未練は、弱さではない。承認欠乏のサインだ。
弱いから未練があるのではなく、
承認が足りていないから未練がある。
未練は、承認欠乏のサインだ。
未練は弱さではなく、承認欠乏のサインだ。
未練=弱さ→承認欠乏のサイン。
その再定義が、未練を肯定する力になる。
追いかける恋=間違い→過去の栄養
追いかける恋は、間違いではない。過去の栄養だ。
あの時の承認は、必要だった。
あの時の承認は、私を育てた。
追いかける恋は、過去の栄養だ。
俺が「追いかける恋は過去の栄養」と捉えるようになってから、過去の恋を否定しなくなり、感謝に変わった。
追いかける恋は間違いではなく、過去の栄養だ。
追いかける恋=間違い→過去の栄養。
その再定義が、追いかける恋を肯定する力になる。
今夜のチェックリスト(60秒)
今夜のチェックリスト。
この5つを試してみろ。
□ 「私が追いかけているのは承認体験だ」と紙に書く(承認の残響の言語化)
□ 承認欠乏を満たす別の方法を1つ考える(自分からの承認など)
□ 「あの時」を思い出しそうになったら「今」に意識を戻す(記憶の反復を止める)
□ 「もう一度会っても同じだ」と声に出す(「もう一度」の幻想を手放す)
□ 「あの時の承認は過去の栄養だった」と紙に書く(過去の栄養として受け入れる)
この5つが、承認の残響から解放される手順だ。
追いかける恋は、依存じゃない。
承認の残響だ。
今夜、この5つを試してみろ。
よくある質問(FAQ)
よくある質問。
Q1. 追いかける恋は悪いことですか?
A1. いいえ、悪いことではありません。
追いかける恋は承認の残響であり、過去の栄養です。ただし、今の自分には不要な場合が多いため、解放されることが前を向く力になります。
Q2. 承認欠乏を満たす方法がわかりません。
A2. まず自分自身を承認することから始めてください。
「今日よくやったこと」を3つ書く習慣を作ることで、自分からの承認が増えていきます。
Q3. 記憶の反復を止められません。
A3. 思い出しそうになったら「今」に意識を戻してください。
呼吸に意識を向ける、足裏を感じるなど、今この瞬間に戻る習慣を作ることで徐々に止められます。
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まとめ|追いかけるのは、相手じゃない。承認の残響だ。
要点3つ
- 追いかける恋の燃料は承認の残響――追いかける恋は深い愛ではなく承認記憶残響による追従動機。相手から認められた承認体験が記憶に残り、その残響が追いかける動機になる。承認の残響は相手ではなく体験に焦点が当たっている(承認体験への固執と対象者の誤認)。
- 承認の残響が生まれる3つの理由と未練の構造――承認欠乏下の記憶強化(一度の承認が強く残る)。比較で記憶が際立つ。未完了の承認が記憶に残る。未練の構造は承認欠乏が未練を生む、記憶の反復が未練を強める、「もう一度」の幻想が未練を維持する。
- 承認の残響から解放される5つの方法――承認の残響を言語化する。承認欠乏を満たす別の方法を探す。記憶の反復を止める。「もう一度」の幻想を手放す。承認の残響を過去の栄養として受け入れる。追いかける恋は依存ではなく承認の残響、未練は弱さではなく承認欠乏のサイン、追いかける恋は間違いではなく過去の栄養。
次の一歩
今夜、『私が追いかけているのは承認体験だ』と紙に書いてみろ。
その言語化が、承認の残響から解放される第一歩だ。
追いかけてしまう恋の燃料は愛じゃない。承認の残響だ。承認記憶残響による追従動機、承認欠乏下の記憶強化、承認体験への固執と対象者の誤認。承認欠乏が未練を生む、記憶の反復が未練を強める、「もう一度」の幻想が未練を維持する。承認の残響を言語化、承認欠乏を満たす別の方法、記憶の反復を止める、「もう一度」の幻想を手放す、過去の栄養として受け入れる。追いかける恋は依存ではなく承認の残響、未練は弱さではなく承認欠乏のサイン、追いかける恋は間違いではなく過去の栄養。今夜、私が追いかけているのは承認体験だと紙に書いてみろ。
10分だけ、承認の残響を一緒に整理する
迷ったら10分だけ。
追いかけてしまう恋の正体を、一緒に整理しよう。
→ Kazuma式 対話相談室(匿名/DM不要/勧誘なし)
安心要素:匿名🛡️/DM不要/無理な勧誘なし/短時間
追いかけるのは、相手じゃない。承認の残響だ。過去の承認体験が記憶に残り、その残響が追いかける動機になる。承認欠乏があると一度の承認が強く残る。記憶を反復すると未練が強まる。「もう一度」の幻想が未練を維持する。承認の残響を言語化し、承認欠乏を満たし、記憶の反復を止める。「もう一度」の幻想を手放し、過去の栄養として受け入れる。今夜、私が追いかけているのは承認体験だと紙に書いてみろ。
【著者情報】
執筆:Kazuma|Kazuma式 対話相談室 創設者
恋愛・人間関係・孤独・自己肯定感といった”言葉にできない想い”を共に掘り起こす対話を続けている。多数の相談事例と自身の体験をもとに、深夜帯に動く読者の「名前のない痛み」に寄り添い、心を整理するための視点を届けている。
【免責事項】
※本記事は個人の経験と分析に基づいており、医学的・宗教的助言は行いません。深刻な心理的問題や法律的問題については、専門家への相談をおすすめします。

